それと同じで、生命も材料(分子)が存在するだけでは足りません。

生命になるためには、それらの材料が非常に高度な順序や規則に従って組み合わさるための「情報」を蓄積する必要があります。

今回の研究では、この情報を自然の偶然な力だけで積み上げることは、数学的には非常に難しいということがわかったのです。

もちろん、今回の結果は「生命が自然に誕生することは絶対に不可能だ」と言っているわけではないということです。

むしろ、「生命が自然に誕生するためにはどのような条件が必要か」を数学的な視点で示せたことに大きな価値があります。

では、今回の研究結果を踏まえて、これからどのような研究が進んでいくのでしょうか?

研究チームは、「情報をどれくらい長く維持できるか(持続時間)」や、「分子がどれほど速く拡散するか(拡散の速度)」、さらには「原始のスープがどのくらい混沌としていたか(前生物的エントロピー)」といった要素をより詳しく測定することが必要だと指摘しています。

特に興味深いのは、「前生命システム」と呼ばれる、生物になる前の状態で、情報がどのように維持されていたのかを調べることです。

コラム:「前生命システム」とは何か?

私たちの体や身の回りにいる生物は、すべて細胞という小さな構造からできていますが、その細胞がどのように誕生したのかは大きな謎です。この謎を解き明かすヒントになるのが「前生命システム(prebiotic system)」という考え方です。前生命システムとは、「まだ生命とは呼べないけれど、生命が誕生する直前の段階にある物質や反応の仕組み」のことを指します。イメージとしては、料理をするときに材料を混ぜている途中の状態を考えてみてください。その段階ではまだ料理として完成していませんが、後の料理につながる大切なプロセスの一部です。前生命システムも同じで、生命が生まれる直前の、まだ生命とは言えないけれど、その前段階にあった物質や化学反応の状態を表しているのです。例えば、ある特定の物質が他の物質の反応を促進し、またその物質が元の物質の生成を促すという「自己触媒ネットワーク」と呼ばれる仕組みがあります。これは、まだ生命ではありませんが、まるで生物のように自己増殖を行うことが可能です。こうした前生命システムが一定の条件下で長期間安定すると、その中で徐々に複雑な物質のネットワークが形成され、最終的には生命の特徴を持つようになったのではないかと考えられています。つまり、前生命システムとは生命が生まれるための重要な中間ステップであり、このシステムがどのようにして安定したのかを調べることが、生命誕生の謎を解き明かす鍵となるのです。今回の論文のような研究では、数学的・理論的な方法で、この前生命システムがどのくらいの期間安定すれば生命へと進化する可能性があるのかを調べています。今後もこうした研究を進めることで、地球だけでなく宇宙の他の星での生命誕生の可能性についても新たな発見が期待されています。