イプシゴンは甲殻類としての形態をほぼ完全に失い、足や体の節もなく、自由に泳ぐことすらできなくなります。
それまで持っていた殻のような外骨格も完全に脱ぎ捨ててしまいます。
なぜY幼生はこんなにも劇的な変態をするのでしょうか?
この謎を解くヒントは、同じ甲殻類の中でも寄生生活を送る仲間である「寄生性フジツボ」にあります。
一般的なフジツボは幼生期をプランクトンとして泳ぎ回ったあと、海底の岩や船底にしっかりと貼りついて、硬い殻を作って一生を固定されたまま暮らします。
ところがフジツボの仲間には、他の生き物に寄生して生きる「寄生性フジツボ」と呼ばれる特殊なグループがいます。
彼らは幼生の一生の途中で、硬い甲殻類の姿を脱ぎ捨てて、「vermigon(ベルミゴン)」と呼ばれるナメクジのような柔らかい幼生の段階に姿を変えます。
このベルミゴン幼生は、他の甲殻類(たとえばカニ)の体の中に侵入し、宿主の栄養を奪って成長します。
寄生性フジツボが宿主に寄生する方法も驚くべきものです。
彼らは宿主の表面に自分の体を固定すると、「注入器(ちゅうにゅうき)」という細い管を宿主の体内に突き刺します。
そして、その注入器を通じて自分自身の細胞のかたまりを相手の体の中に流し込みます。
送り込まれた細胞は宿主の体の中で根のように広がり、宿主の栄養を吸収しながら成長していきます。
このような「宿主の体内に入り込んで栄養を奪う」という生活スタイルは、非常に特殊で極端なものです。
ここで、研究者たちはある重要な共通点に気付きました。
Y幼生もまた、ホルモン刺激によってナメクジのような柔らかい幼生(イプシゴン)に変化する性質があります。
さらに詳しく調べたところ、Y幼生のキプリス幼生には宿主の表面にしっかり掴まるためのフック状の触角が発達していることも確認されました。
このことから研究者たちは、「Y幼生も寄生性フジツボと同じように、他の生き物の体内に侵入して寄生する可能性があるのではないか?」と考えるようになりました。