前のセクションでも触れましたが、Y幼生の触角の先端には鋭いフック状の構造があり、さらに体には特殊な分泌腺(ぶんぴつせん:何らかの物質を分泌する器官)を持っています。
これらの器官は、Y幼生が宿主の体表にしっかり掴まり、そこに何らかの物質を放出して宿主の体内に入り込むための道具である可能性が高いと推測されています。
さらに、過去のホルモン実験の結果からも、Y幼生が寄生生活を送るための劇的な変態を行う能力を持つことが確認されています。
実験では、甲殻類の脱皮ホルモン(20-ヒドロキシエクジソン)という物質をキプリス幼生に与えました。
すると、幼生はそれまでの硬い外骨格に覆われた姿を脱ぎ捨て、ナメクジのように柔らかく細長い「イプシゴン幼生(ypsigon)」へと姿を変えました。
水中を自由に泳ぎ回っていた甲殻類らしい姿から、突然柔らかく泳げない姿へと変わるこの変態は、寄生性フジツボが宿主に入り込む際に見せる変態と非常によく似ています。
しかし、今回の遺伝子解析の結果、Y幼生は寄生性フジツボ(特に根頭類)とは系統的にかなり離れた位置にいることが明らかになりました。
これは、「Y幼生が寄生性フジツボとは別々に、独自に寄生能力を進化させた」ということを強く示唆しています。
系統樹上で離れた生物同士が、偶然に似たような姿や能力を持つようになる進化の仕方を「収斂進化(しゅうれんしんか)」と呼びます。
例えば、イルカ(哺乳類)とサメ(魚類)は全く異なる動物ですが、水中を素早く泳ぐために体の形がよく似ています。
これはまさに収斂進化の代表例です。
Y幼生と寄生性フジツボも、このように異なる系統から似たような寄生の方法を独自に獲得したのだと考えられます。
宿主の生態系を操るY幼生、その成体はどこに潜むのか
この研究によって、Y幼生という不思議な生物がフジツボ類(Cirripedia)の「姉妹群」という非常に近い関係にありながらも、フジツボ類とは別のグループとして独自に寄生生活へと進化した可能性が高いことが強く示唆されました。