100年以上も謎だった生き物の系統的位置づけができた意義はとても大きく、「正体不明の幼生」に進化学上の住所を与えたものだと言えます。
一方で、Y幼生の成体が未だに発見されていないという事実は、この生物が我々の目の届かない場所で生活している可能性を示唆しています。
先述のように、既知の寄生性フジツボは宿主の体内に根を張るように暮らします。そのため外見からは寄生者の存在に気付きにくく、宿主ごと採集して解剖でもしない限り見つからないのです。
Y幼生も同様に、成長すると宿主の内部に入り込んでしまうのだとしたら、見つけるのは容易ではないでしょう。
もしそれが事実なら、Y幼生は宿主の生殖や行動にまで影響を与えている可能性があり、生態系において無視できない役割を果たしているかもしれません。
例えば、寄生性フジツボの中には宿主のカニを去勢して繁殖不能にし、オスさえメス化してしまうものまで知られています。
Y幼生の正体が明らかになれば、そうした未知の寄生生物と宿主との相互作用が解明され、海洋生態系の隠れたつながりが見えてくるでしょう。
またフジツボ類は海洋生物の中でも進化の多様性に富んだグループであり、その極端な適応例としてY幼生の研究は進化生物学的にも大きな意味を持ちます。
今後、研究チームはフジツボ類全体の進化の系統樹を精密に作り直し、寄生への適応がいつどのように繰り返し起きたのか解明しようとしています。
Y幼生がフジツボ類とは別に寄生生活へと踏み出した過程を詳しく調べることで、生物が似たような奇妙な生き方に別々の道筋から辿り着く「収斂進化」の仕組みをより深く知ることができるでしょう。
最後に残された最大の謎は、「Y幼生の大人はどこにいるのか?」です。宿主の推定も含め、Y幼生が本当は何者なのかを完全に解き明かすには、実際に成体を発見することが不可欠でしょう。
もしかしたら謎のY幼生の成体を発見したというニュースが近いうちにみられるかもしれません。