しかしながら、豊かになった中国は、ミューラー氏の予言とは異なり、戦争を考えられないものだとみなしていません。中国国防省の呉謙報道官は、2021年1月28日の記者会見で、「台湾独立を目指す勢力に、本気で告げる。火遊びをする者はやけどを負う。台湾独立は戦争を意味する」と恫喝しています。経済成長にあるインドとパキスタンは、1999年に「カーギル危機」で多くの犠牲者を出す軍事衝突を引き起こしています。
リアリストが主張するように、現代世界において、ナショナリズムといった第一次大戦以前から根強く残るイデオロギーは、商業的リベラリズムより、国家を動かす要因として、いまだに強く作用しているのです。
しつこい戦争
『終末からの退却』は、平和の起源を人間本性の変化に求める意欲的な研究です。この本は、国際関係論を学ぶ人にとって重要な参考文献であり、一般に広く読まれている書物でもあります。
なお、ミューラー氏の研究意欲は衰えることなく、近著『戦争の愚かさ(The Stupidity of War: American Foreign Policy and the Case for Complacency) 』(ケンブリッジ大学出版局、2021年)において、戦争の忌避が大戦争を衰退させている今日、アメリカは「宥和政策」を外交の手段として活用すべきだと説いています。
両著とも、現在世界において戦争は退化していることを前提として書かれていますが、タニシャ・ファザール氏(ミネソタ大学)が『フォーリン・アフェアーズ』誌の書評エッセーで指摘しているように、2011年頃から紛争が増えてきたとのデータ(ウプサラ紛争データベース計画)もあります。
ミューラー氏の著作は、読み物としては興味を引くのですが、「戦争退化」理論はロジックとしても経験的にも確かなものとはいえそうにないので、国家の安全保障に責任を負う意志決定者は、こうした理論を安易に政策のガイダンスにできないでしょう。