(同書、116ページ)

こうした卓越した例えは、読み手に、核抑止は大戦争の防止に余分な影響を与えたに過ぎず、大戦争へのエスカレーションへの恐怖こそが、国家の指導者に武力行使を思いとどまらせたことを説得するものです。しかしながら、このような反実仮想は、社会科学の標準的な手続きからすれば、それに必要な条件を満たさないものだと否定できます。

ラーズ=エリック・セダーマン氏(チューリッヒ工科大学)は、この「核兵器無関係説」を次のように退けます。

「ミューラーの説明の問題は、かれが戦後の歴史で実際に起こったこと(キューバミサイル危機を含めて!)を明示的になぞっている一方で、核技術をたんに『消し去っている』ことにある。このことは歴史を表面的に書き換えている明白な例である。なぜなら、核兵器が存在する戦後世界において実際に起こった危機が、非核の事例で実際にそうなるとは考えにくいからだ」

(”Running History: Counterfactual Simulation in World Politics,” in Philip E. Tetlock and Aaron Belkin, eds., Counterfactual Thought Experiments in World Politics: Logical, Methodological, and Psychological Perspectives, Princeton University Press, 1996, p. 253)

・商業的リベラリズムの神話

最後に、ミューラー氏の主張は、暗黙裡に、商業的リベラリズムの仮説に立脚して、冷戦後世界における戦争の衰退を予測していますが、こうした楽観的な見方は、単純には受け入れられないでしょう。

かれは「アジアにおけるシンガポールや台湾…の相対的な繁栄が模倣のモデルになるのであれば、戦争は衰退するだろう」(同書、256ページ)と、カント由来の交易が戦争を抑制する効果に期待を寄せています。さらに戦争への嫌悪といった「精神的な革命」が起こったことは、戦争の魅力を減少させるとして、「インドとパキスタンは何度も戦ったが、1971年以後は戦っていない」(同書、256ページ)ことを例に挙げて、自説に説得力を持たせようとしています。