「戦略家という職種に求められる能力の獲得には、多大な努力が必要とされるのだ。国防大学が学生たちに大戦略を教えようとしても、戦略が『術』であるという事実によって、彼らは限界に直面してしまう。これを喩えてみると、芸術学校は技能を教えられるが、それでも能力のあるアーチストとしてどうすれば偉大な存在になれるのかを教えられないのと一緒だ…戦争と戦略において人間が最も重要である…人間の次元は、テクノロジーや計略を克服する可能性を秘めているのだ…もし戦略が正確に理解され、確実な結果を得られることが保証されるような『科学』であったとしても、個人、組織、そして政治的なプレーヤーたちは、『科学的』な戦略知識の応用を失敗させるものなのだ」
(前掲書、95、153-154、386ページ)
(4)アートとしての戦略論の限界
では、戦争や戦略に関わる人や組織は、どうすればいいのでしょうか。残念ながら、グレイ氏は具体的な指針を明示しようとはしません。「戦略は実践的な分野だが、戦略理論は行動のための具体的な指針を生み出すことはできないのだ」というのが、かれの1つの答えなのです(前掲書、155ページ)。ここまで人間が戦略で大きな要因となっていると主張するのであれば、せめて戦略を成功させるコツやヒントを示してほしいと思うのは、おそらく、わたしだけではないでしょう。
あえて『現代の戦略』に、戦略の行動指針のようなものを見いだすとすれば、政・軍の「統率力」(前掲書、72ページ)といった抽象的な概念と、クラウゼヴィッツが『戦争論』で強調した、摩擦、偶然、不確実性、くわえて情熱、理性といった要因に十分な注意を払うことなのかもしれません。
戦略の全体図を記述的に描き出すという『現代の戦略』で示された研究スタイルは、本書の強みであり、また、弱みでもあるようです。戦略を構成する要因の相互作用を包括的に捉えるという点において、グレイ氏の分析は卓越しています。戦略の以下のたとえは、誰をも納得させるのではないでしょうか。