(前掲書、513ページ)

戦略研究においてクラウゼヴィッツは、国際関係論におけるトゥキュディデスのような存在なのでしょう。ただし、国際関係論はトゥキュディデスを継承しながらも、それを科学的に乗り越えようとしてきました。リアリストたちは、国際政治の諸事象や戦争の原因を探究する際に、トゥキュディデスを参照しながらも、新しい理論を構築してきたのです。

E. H. カー氏の「リアリズム」をハンス・モーゲンソー氏が発展的に「古典的リアリズム」として継承し、それをケネス・ウォルツ氏が科学的なネオリアリズムに昇華させました。その後、ネオリアリズムは、ジョン・ミアシャイマー氏によって、「攻撃的リアリズム」という新しい学派を生み出しました。

リアリズムは、現在の政治学・国際関係論において、研究プログラムとして定着したといってよいでしょう。国際関係の研究者たちは、リアリズムのコア理論を受け継いだ形で、さまざまな中範囲の理論を打ち出しています。こうした科学的な学問の進展は、われわれの国際関係に対する理解を深めることに貢献しています。

戦略家としてのグレイの功罪

グレイ氏は、現代の卓越した戦略理論家であるのは、誰もが認めるところです。『テキサス国家安全保障レヴュー』誌における、かれを偲ぶラウンドテーブルは、その素晴らしい研究足跡を称えています。ロバート・ジャーヴィス氏は、グレイ氏の研究に対する真摯な姿勢を賞賛していました(奥山氏がご自身のブログでジャーヴィス氏のグレイ氏に対する追悼文を日本語に訳されています)。

グレイ氏に代表される戦略研究は、古典や歴史さらには「戦略的センス」を大切にする良い面があります。こうした立ち位置は、歴史家であり戦略家でもあるジョン・ルイス・ギャディス氏(イェール大学)に通じるところがあります。

ただし、その代償は、率直にいえば、戦略研究の「科学的な」発展にブレーキをかけていることではないでしょうか。