つまり、マウスは同じ感覚の情報を受け取っていても、「動いているか、止まっているか」という行動の違いだけで、判断に使う感覚を自動的に切り替えていました。

それでは、なぜこのような切り替えが起きているのでしょうか?

研究チームはこの仕組みを探るために、脳の中にある「後部頭頂皮質(PPC)」という場所に注目しました。

後部頭頂皮質とは、目や耳から届く情報をまとめて判断する働きを持つ、いわば「脳の判断センター」のような場所です。

この後部頭頂皮質の働きを少しだけ弱めると、マウスは目で見た情報をうまく使って判断することが難しくなり、そのぶん音の情報を使って判断する割合が増えました。

これはつまり、普段は後部頭頂皮質が視覚情報を中心にして、マウスの判断をサポートしているという証拠になります。

さらに詳しく調べると、後部頭頂皮質に送られる情報を制御する脳の別の場所が見つかりました。

それは「二次運動野(M2)」という、体の動きに関わる脳の部分です。

実験の結果、この二次運動野はマウスが走り出したときに活発に働きはじめ、後部頭頂皮質に向かって音の情報を送る「聴覚野の一部の経路だけ」を弱めてしまう様子がみられました。

そのため後部頭頂皮質には音の情報が届きにくくなり、視覚の情報が相対的に強くなることで、マウスの判断は自然と視覚優先へと切り替わったのです。

ただし、ここで重要なのは、二次運動野は音の情報を完全に消してしまうわけではないということです。

実際にマウスの聴覚野では、動いている間も音の情報そのものはちゃんと処理され続けていて、「音だけの判断」なら動いている間でも正しくできました。

つまり脳は、走っている間だけ「後の判断に直接影響する音の情報」だけをピンポイントで弱め、他の音は普段通り処理していたことになります。

この二次運動野の働きが本当に判断を切り替えるスイッチなのか、研究チームは念入りに確かめました。