脳のこの部分を刺激することで、心の奥底から幸せな気持ちが湧き上がり、思わず涙が出るほどだったというわけです。
研究者たちは、映像で見る限り患者さんが本当に嬉しそうに泣き出したので非常に驚いたそうです。
一方で、同じ電極でも少し位置の異なるポイントを刺激した場合には「不思議と心が静かで落ち着いた感じ」が得られたり、逆に刺激の仕方によっては不安や焦燥感が増すこともありました。
このように、脳のどこをどう刺激するかで気分への効果は良くも悪くも大きく変わるのです。
TRD-1さんの場合、幸せや喜びを感じられるポイントも見つかった一方で、不安が強くなる設定もあり、「すべての刺激がプラスになるわけではない」ことが改めて確認されました。
だからこそ最良のスイッチの押し方を見つける必要があります。
研究チームは、この最適な刺激パターンを見つけるために、機械学習アルゴリズムの一種である『ベイズ最適化法』を活用しました。
簡単に言うと、コンピューターが患者さんの反応データを学習しながら、「どの電極のどの設定なら一番気分が良くなるか」を賢く探っていくのです。
手探りでスイッチを押すのではなく、AIという頼れる助手がベストな組み合わせを導き出してくれるイメージです。
TRD-1さんには手術後まず数日間かけて集中的に様々な刺激を試し、退院後も毎月通院して微調整を続けてもらいました。
その際、患者さん自身にはどの設定がオンになっているかわからないようブラインドテストを行い、公平に効果を評価しています。
例えば日記のように毎日の気分や睡眠時間を記録してもらい、どの刺激設定のときに調子が良いかをデータで比べました。
こうして約半年ほど最適化を繰り返した結果、ついに「これだ!」という刺激パターンが絞り込まれました。
手術から7週間(約1か月半)ほど経つ頃には、TRD-1さんは抱えていた自殺念慮(死にたい気持ち)が完全に消失しました。