効果が確認できたとはいえ、脳に電極を埋め込む手術は簡単ではなくリスクも伴います。

そのため、この「脳内元気スイッチ療法」は当面、他の治療法が効かない重症例に限定して検討されるでしょう。

また費用や医療体制の問題から、すぐに多くの患者に提供できるわけではありません。

それでも、今回の画期的成果は長い間うつの闇に閉ざされてきた患者たちに新たな希望の光をもたらしました。

研究チームは今後さらに対象者を増やしてこの療法を検証し、実用化に向けて歩みを進めていく予定です。

将来的には、脳の状態に応じて自動的に刺激を調整する「閉ループ刺激」の応用が期待されていますが、本研究はその前段階として、一人ひとりに最適な刺激場所や設定を見つける方法を実証しました。

患者一人ひとりに合わせて脳回路を整える個別治療は、うつ病のみならず他の精神疾患にも応用できる可能性があります。

今回の研究は、「脳の地図を描き、その人だけの治療で心を救う」という新しい医学の扉を開いたと言えるでしょう。

長年苦しんだ末に喜びを取り戻したTRD-1さんの物語は、同じように苦しむ世界中の人々に「脳の仕組みさえ解き明かせば、いつか必ず良くなれる」という勇気と期待を与えてくれます。

今後の研究の進展次第では、より精密に個人の脳に合わせた刺激法が確立され、難治性うつ病がこれまでよりずっと治療しやすくなる時代が訪れるかもしれません。

科学の力で心の病に光を当てるこの挑戦に、今後も大きな注目が集まるでしょう。

全ての画像を見る

元論文

Personalized Adaptive Cortical Electro-stimulation (PACE) in Treatment-Resistant Depression
https://osf.io/preprints/psyarxiv/5c3ba_v1

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。