さらに手術から9か月ほどで、うつ病の症状がほとんど感じられないレベルにまで回復したのです。

医師が評価するうつ病のスコアでも「重度のうつ病」から「ごく軽い症状」まで大幅に改善し、実質的に寛解(症状が治まった状態)に至りました。

驚くべきことに、この良好な状態はその後も維持され続け、治療開始から2年以上たった30カ月後も状態をキープできているのです。

これはTRD-1さんにとって大人になってから最長の「心が健康な期間」となりました。

実験前は集中力や判断力にも問題を抱えていましたが、治療後は認知機能もむしろ向上し、社会生活への意欲も湧いてきたといいます。

まさに、長い間真っ暗だった人生に初めて朝日が昇ったような劇的変化です。

患者ごとに“うつ病の地図”を作成

患者ごとに“うつ病の地図”を作成
患者ごとに“うつ病の地図”を作成 / Credit:Canva

今回の結果は、個人の脳地図に基づいて刺激場所を決める手法が、難治性うつ病の克服に役立つ可能性を示した貴重な事例です。

薬も効かず何十年も苦しんだ重症患者が、脳内の「元気スイッチ」を正しく押すことで、ついに笑顔を取り戻しました。

この成功は医学界にとっても大きな意味を持ちます。

うつ病は非常に多様で、人それぞれ脳の状態が異なるため、「ここを刺激すれば誰でも治る」という単純な話ではありません。

過去の研究でも脳刺激療法は有望視されてきましたが、一律のターゲット(例:脳の特定の一点)を刺激する方法では効果にばらつきがあることが課題でした。

しかし今回のケースでは、患者ごとに“うつ病の地図”を作成しオーダーメイドで治療したことで、これまでにないレベルの改善が得られました。

言い換えれば、「脳のどこに異常があるか」を事前に突き止めてから治療するという精密アプローチが奏功したのです。

もっとも、現時点ではこの治療は一人の患者で成功したに過ぎず、まだ始まったばかりの臨床研究です。