さらにブラックホールにかんする実験的な証拠がみつかりるには1990年代を待たなければなりませんでした。
もしオッペンハイマーが62歳ではなく90歳まで生きていたならば、間違いなくノーベル賞を受賞していたでしょう。
もしオッペンハイマーがブラックホール理論でノーベル賞を受賞していたら「私は死神、世界の破壊者」の代りに、どんな言葉を残してくれていたのでしょう。
歴史のIFには答えはありません。
しかしオッペンハイマーが実際に残した言葉にどんな意味が込められていたかはわかっています。
「私は死神、世界の破壊者」

「私は死神、世界の破壊者(I am become Death, the Destroyer of Worlds.)」
オッペンハイマーは後に「原爆の父」として、自らの行いを悔いるようにこの言葉を残しました。
ただ、この言葉はオッペンハイマーのオリジナルではありません。
この言葉の元となったのは、ヒンドゥー教の聖典である「バガヴァッド・ギータ(神の詩)」です。
好奇心が強かったオッペンハイマーは本職の物理学以外にも、たくさんの文学や言語について学び、ヒンドゥー教の哲学にも強い興味を持っていました。
聖典の内容は主人公であるアルジュナ王子と、ヴィシュヌ神の化身である従者クリシュナの会話を中心に描かれたもので、700行にわたる文章は極めて深い叡智に富んだ内容になっています。
般若心経にたとえるならば、クリシュナが悟りを開いたブッダで、アルジュナ王子が悩める弟子のポジションとなっています。
この物語の佳境において、アルジュナ王子は友人や親戚を含む敵軍と戦わなければならなくなり、苦悩します。
そのとき従者クリシュナは恐ろしい姿に変身し、アルジュナ王子に告げた言葉の1つが
「私は諸々の世界の破壊者。私は全ての人々を滅ぼすためにきた」というものでした。