わが国では、残念ながら、国際政治における数多くの観察結果を見事に説明するウォルツの理論は、「何か現実のもののようには思えな(い)」という否定的な評価を受けてしまいました(日本国際政治学会編『学としての国際政治』有斐閣、2009年、12頁)。
これは科学理論そのものに対する誤解あるいは理解不足と言わざるを得ません。なぜならば、理論の「視野が広がるとともに、その説明なるものが多くの場合もっともらしさを失い、直観から遠ざかっていく…説明が直観から遠ざかっていくのはやりきれない(が)その反対を期待する理由はない…存在するものを理解するために想像の羽を伸ばす」ことになるからです(リチャード・ファインマン『物理法則はいかにして発見されたか』江沢洋訳。岩波書店、2001年、193-194頁)。
要するに、ウォルツは直観ではなく論理により、国際政治の諸事象に認められるパターンを明らかにしたのです。
言い換えれば、理論とは現実世界の描写ではなく、世界を動かしている「法則」を条件つきで説明するものなのです。ですから、多くの出来事を動かす基本的なメカニズムを説明できる理論が「現実のもののように見えない」のは当然です。
そもそも国際政治における法則は、物理の世界と同じように、われわれの直観に反して単純なのです。これは国際政治の複雑さを否定しません。どういうことでしょうか。われわれは現象の単純さと複雑さをどのように整理すればよいのでしょうか。優れた物理学者のファインマンに教えてもらいましょう。
「(重力の法則のように)法則は単純明快に言い表され…それは単純でありまして、それゆえに美しいのです…重力の作用(は)現象として複雑ですけれども、基礎のパターンと申しますか、全体の底にある系統は単純なのであります」
前掲書、46頁
国際政治も基本的には同じです。国際システムの「ユニット(単位)」としての国家は、アナーキーの目に見えない影響により「生き残る」ことを強いられます。すなわち、どの国家も生き残りを賭けて強くなろうとします。これが国際政治の基本「法則」でありパターンです。