第一作『風の歌を聴け』には、デレク・ハートフィールドという米国人の作家が出てくる。彼の生涯に影響を受けて、小説を書き始めたという設定なのだが、そんな作家は現実にはいない。

なので、作品を「現代アメリカ文学」っぽく見せて無国籍な感じを出すための、村上春樹のシャレだとされるけど、実は日本人のモデルが居るとする説がある。それも、けっこうな有名人だ。

川田宇一郎氏が1996年、『群像』の新人文学賞に入選した評論(同誌6月号)で述べた推定では、ハートフィールドとは庄司薫を示す暗号だ。論証は同氏の単著でも読め、説得力は高い。

1969年に芥川賞を受賞した庄司は、71年までに続編を矢継ぎ早に公刊、しかもうち2作は映画にもなる「時の人」だった。当時は大学紛争の時代だけど、丸山眞男の教え子として暴力や性の過激化をたしなめ、あくまで穏和に生きる「ふつうの若者」を描いたことが、逆に支持された。

……とは、『江藤と加藤』の告知を兼ねた3月の記事にも記した。で、同書の刊行を受け、「庄司薫―村上春樹―加藤典洋」という70年安保に前後するトリオを、いまもっと探究している。