さらに今回の研究成果は、バイオテクノロジーや医学の分野でも大きな可能性を秘めています。
たとえば、医薬品を作る工場では細菌に感染するウイルス(ファージ)の汚染で製造ラインが止まってしまうことがありますが、今回の技術で作られた耐性細菌を使えばそのリスクを大きく減らせます。
また遺伝暗号を独自のものに書き換えた細菌は、環境中に万が一放出されても周囲の自然な細菌と遺伝情報をやり取りできないため、遺伝子汚染のリスクが小さくなります。
これは汚染物質の分解や難治性疾患の治療など、様々な場面で安全に人工的な生物を活用するための重要な基盤となります。
最後に、本研究の最も重要な意義は「人工的な遺伝子設計の時代を本格的に切り開いた」ことにあります。
自然の進化では決して到達できなかった生命の新たな可能性を、人間がゼロからデザインし、実際に生きた細菌として作り出すことが現実になったのです。
将来的には、今回作成したSyn57を土台に、これまで自然界になかった新しいタンパク質や素材を作り出したり、新しい医療技術の開発に利用したりすることが可能になります。
もちろん倫理的・安全面の議論はこれからも必要ですが、今回の研究は私たちが生命の遺伝暗号を書き換え、新たな可能性を持つ人工生物を自在に設計する未来に向けた、記念すべき大きな一歩と言えるでしょう。
また、コドンを削除することにはもう一つ、大きな利点があります。
それは「削除によって空いたスペースを新たな目的に使える」ということです。
今まで余分だったコドンを「人工的なアミノ酸」を指定するためのコードとして再利用できるのです。
こうすることで、自然界には存在しない新しいタンパク質やポリマー素材を人工的に作れるようになります。
例えば、薬や化粧品の原料となる複雑なタンパク質を、自然界の20種類のアミノ酸だけで作るのは難しい場合がありますが、人工的なアミノ酸を組み込めれば、全く新しい機能を持つ分子を生み出せます。