つまり、私たちが想像していたよりも生命はずっと柔軟で、遺伝暗号の一部を大胆に取り除いても、生きていくための基本的な機能は維持できることが分かったのです。
この結果を理解するために、日本語の文章で例えてみましょう。
似たような意味を持つあらゆる単語を圧縮して統一すると効率が悪く、読みにくくなりますが、それでも意味が通じる文章を書くことは可能です。
同じように、今回の実験で人工大腸菌のDNAからいくつかのコドンを削除したことで、細菌は以前よりも少し「読みづらい」状態になりました。
そのため細菌の成長速度が遅くなりましたが、生命活動自体はしっかり維持されました。
つまり生命の遺伝暗号は、多少の非効率さを許容できる余裕があったということです。
では、そもそもなぜ自然の進化は、このような一見非効率な「冗長な遺伝コード」を維持してきたのでしょうか。
研究者たちは、コドンがいくつも重複していることで、タンパク質を作る速度を微妙に調節したり、あるいは突然変異が起きても致命的なダメージを受けない安全策として働いている可能性を指摘しています。
遺伝子には「タンパク質の作り方」だけでなく、「どのタイミングでどのくらい作るか」という調節情報も含まれています。
複数のコドンを使い分けることで、タンパク質合成の速度や精度を微妙に調整しています。
これを1つのコドンに統一してしまうと、タンパク質を作るスピードや量の微調整が難しくなり、細胞にとって負担になる可能性があります。
また複数のコドンで同じアミノ酸を指定しているおかげで、DNAにちょっとしたミス(突然変異)が起こっても、被ったコドンのお陰で同じアミノ酸(材料)が指定されれば、タンパク質が変化しないで済むことがあります。
逆にコドンを1つのみに絞ってしまうと、わずかなミスでも致命的な問題が起きる可能性が高くなり、生物の生存率が大幅に下がる恐れがあります。