正式な合意文書が「あってはならない」というこの戦略は、日米間だけでなく、EUや英国の米国交渉にも共通する。
例えば、7月27日に「合意」したばかりのEUの文書「EUと米国の貿易ディール(trade deal)について解説」では、「2025年7月27日の政治合意(The political agreement)は法的拘束力を持たない(not legally binding)。
EUと米国は、約束した即時の措置に加え、関連する内部手続きに沿って、政治合意の完全な実施に向けて更なる交渉を行う」と記述されている。
ポイントは、貿易ディールが法的拘束力を持たず、あくまで「政治的合意」という表現にとどまっている点だ。
同様に、5月8日に米国と「合意」した英国との「経済繁栄ディール(EPD)」に関する英国政府の文書も、その非拘束性を明示している。「米国と英国の両国は、この文書が法的拘束力のある合意を構成するものではない(this document does not constitute a legally binding agreement)」と明確に記されている。
さらに、5月8日以降、ディールの詳細を詰めていった進捗文書について、英国政府は「政策文書」(Policy paper)と位置づけている。
要するに、英国は一律の高関税を回避するためのトランプ大統領への譲歩を記した国内政策の文書に過ぎず、両国間の正式な貿易協定ではない建付けをいまだに維持しているわけだ。
これらの事例は、トランプ大統領が、他の貿易相手国との交渉においても、法的拘束力のある両国間の文書を意図的に避ける・避けさせるという一貫した戦略を取っていることを裏付ける。
繰り返しになるが、これはトランプ大統領側の法的リスク回避戦術であり、国家非常宣言下の相互関税という錦の御旗を維持するために必須なのだ。
それにしても、なぜ相手国はこのトランプ大統領の都合に付き合わなければならないのか。