このように、文脈再現という工夫は一度忘れかけた記憶を「若返らせる」ことができるものの、記憶そのものの忘れやすさを根本から変えることは難しいことが分かりました。

記憶を蘇らせて再び忘れないようにするには、定期的に文脈再現を繰り返す必要があるのかもしれません。

では、こうした方法を日常生活で上手く使って記憶を長く保つことは可能なのでしょうか?

失われた記憶も脳に残っている――『精神的タイムトラベル』の可能性

失われた記憶も脳に残っている――『精神的タイムトラベル』の可能性
失われた記憶も脳に残っている――『精神的タイムトラベル』の可能性 / Credit:川勝康弘

私たちはよく、「昔覚えたことがどうしても思い出せない」と悩みます。

ある時、ふとしたきっかけでそれを鮮明に思い出し、「自分の脳は一体どうなっているのだろう?」と不思議に感じた経験はないでしょうか。

今回の研究は、こうした「記憶の不思議な性質」に新たな光を当てました。

研究チームはこの現象を、「シーシュポスのような記憶の若返り(Sisyphus-like memory rejuvenation)」と名付けました。

ギリシャ神話に登場するシーシュポスは、巨大な岩を山頂まで押し上げてもすぐに転がり落ちてしまい、その作業を永遠に繰り返すという罰を受けました。

この神話になぞらえて、人間の記憶も「蘇らせてもまた薄れていく」という宿命的なサイクルを持つことを研究者は示したのです。

今回の研究が特に興味深いのは、記憶が薄れても「精神的タイムトラベル(文脈再現)」という手法を用いることで、その記憶を一時的に蘇らせられることを明確に示した点にあります。

ただし、こうして蘇った記憶も完全に元の状態に戻るわけではありません。

記憶が作られた直後に比べると、その鮮明さは多少劣ります。

それでも、この方法を使えば、一度忘れかけていた記憶を再び思い出せる割合が大幅に高まり、まるで「記憶が若返る」ような状態を作り出せることがわかったのです。