これを見るとロス卿はリヴァイアサンと呼ばれた怪物望遠鏡を使って、見事な精度で銀河の渦巻構造をスケッチしていたことがわかります。

この銀河には腕の先に小さな伴銀河があり、そのためこれはロス卿のクエスチョンマーク星雲という愛称も付けられました。

これは当時のヨーロッパでも大変話題になり、ゴッホの星月夜の絵画はこのスケッチにインスピレーションを受けたという噂もあったほどです。

こうして光学観測の精度が上がったことで、星雲の持つ構造の複雑さが徐々に明らかになってきます。そしてロス卿はこの観測から、星雲がただのガス雲ではないと考えるようになりました。

「星雲それ自体には、星がたくさん散りばめられている」

彼はそう考えたのです。

ただ、いくら精密に構造を示したとはいえ、彼のスケッチはこれが星の集まりであることを証明するほどの決定的な証拠にはなりませんでした。

なぜなら、当時の知識ではこの天体がどのくらいの距離にあるのかということは不明だったからです。

この天体が天の川銀河の中にあるのか? 外にあるのか? それが分からなければM51が単に複雑なガス雲なのか、星の集まった別の銀河なのか答えることはできません。

星雲か? 銀河か? この論争に決着をつけるには、天体との距離を調べる方法が必要だったのです。

宇宙はどこまで広いのか?銀河間の距離測定法の発見

天の川銀河は宇宙で唯一の銀河なのか? 天の川銀河の外にも宇宙は広がっていて他にも銀河が存在しているのか? この論争は意外なほど長く続き、20世紀になってもまだ決着が付きませんでした。

それは遠い天体との距離を測る方法がいつまで経っても見つからなかったためです。これについては、ほとんどの天文学者があきらめムードになっていました。

しかし、1912年アメリカの女性天文学者ヘンリエッタ・スワン・リービットがその問題を解決させます。

アメリカの女性天文学者ヘンリエッタ・スワン・リービット。
アメリカの女性天文学者ヘンリエッタ・スワン・リービット。 / Credit:wikimedia commons