教授:それがどうした?と言われそうだね。応募する株主がいるのだからいいじゃないか、と。でも欧米で日本みたいに流行しないのは、二重取りの意識があるから、そこに不平等を感じるからじゃないかな。あまり理論的につめた話ではないけれど。

ワタナベ君:会社が株式上場して公開会社になる。その際、取引所で鐘を鳴らしてお祝いするのは、会社の成人式みたいなものだからでしょう。それが二度もあるのは、おかしい、そういう感覚ですね。創業者利得は、価値論とのかかわりでも未処理の課題ですね。資本主義特有の正当を装った詐欺なのかどうか、興味ありますが、ここはおきましょう。

未来に株式市場を残すとしたら他にどんな課題がありますか?

教授:その前に、未来に向けて、なぜ株式市場を残すのか、誤解を避けるために少しだけ補足を述べておきたい。

株式市場が資本主義の発展に貢献したことは誰も否定できない。未来は人口減、そして生産年齢人口も減るから一定の生産力の増進は必要だ。そのためにイノベーションは欠かせないが、『The NEXT』でも指摘したように主要なイノベーションは経験上、大企業で多く生じる。どうしてそうなるかと言えば、簡単に言えば資金と人材だ。そして前者について言えば、それを集める場所は株式市場の他にない。人のお金を扱う銀行にはリスクの高い技術革新への融資には限界がある。例のマッピングの図で大企業のある中心部の装置として株式市場を位置づけているもの、こういう考え方による。

もうひとつ補足しておかねばならないのは、所有論の中での株式市場の意義だね。資本主義は私的所有の土台の上に展開する。しかし、生産の社会化はこれと矛盾するようになる。私的所有をそのままに巨大な資本を形成する必要がある。しかも時間をかけずに。これは株式市場しかできない。国が財政に物を言わせて、例え北海道のラピダスみたいのは例外だ。

しかし、未来は私的所有ではない共有制だ。個人のレベルでは所有する欲望も持つ必要はなく発生もしない。ちょっと飛んだかな!?