こう考えると、まるでかつての侵入者であるウイルスが、今やゲノムの重要な「管理者」として私たちの生命を支えているような不思議さを感じるかもしれません。

今回の研究がもたらした最大の意義は、私たちが長年見過ごしてきた「ジャンクDNA」や「ゲノムの暗黒物質」と呼ばれる領域の中にこそ、ゲノムの機能や進化の謎を解く鍵が潜んでいることを明確に示した点にあります。

例えば最近の研究では、これまで無視されていたジャンクDNAの配列を詳しく調べることで、がんの早期発見や珍しい病気の診断に役立つ新しい方法が開発されています。

ある研究では、血液中のDNAに含まれるジャンクDNA配列の活動パターンを人工知能で解析し、高精度でがんを検出する方法が報告されています。

また別の研究では、これまで原因が全く分からなかった難病の患者のゲノムを、タンパク質を作る遺伝子以外の領域まで徹底的に調べ直した結果、まさにジャンクDNAと呼ばれた部分にあった小さな変異が病気の原因だったことを発見し、患者の治療を大きく前進させる成果を上げています。

これらの例からも、ジャンクDNAが持つ可能性がどれほど大きいかがわかります。

ヒトゲノムが最初に解読された約25年前、人類は「ゲノムの全てが明らかになった」と感じたかもしれません。

しかし実際には、私たちはゲノムの設計図のほんの一部しか理解できていなかったのです。研究チームの中心人物の一人である京都大学の井上博士も、「私たちのゲノム配列は既に全て読み取られていますが、その大部分の機能は未だに不明なままです。

特にトランスポゾンやウイルス由来の配列は、ゲノムの進化や私たちの生命活動に重要な役割を果たしている可能性があり、研究が進めば進むほど、その重要性が明らかになっていくでしょう」と話しています。

実際、今回の研究で中心的役割を担ったMER11というウイルス由来配列を詳しく解析したところ、人間やチンパンジーなど大型類人猿の系統に特有の遺伝子調節スイッチが存在することが明らかになりました。