こうした発見から、古代のウイルス由来DNAが、現代の私たちのゲノムの中で実際に新しい調節機能を獲得し、霊長類種間の違いを生み出す「進化の実験場」となっている可能性が見えてきました。
今回の研究ではMER11を中心に調べましたが、研究チームはこの方法を他のウイルス由来配列にも応用しました。
その結果、他にも本手法を53のシミアン特異的 LTR サブファミリーに適用した結果、26サブファミリー中のインスタンス約30%(3807件)が新たに注釈付けされ、合計75の新サブファミリーが提案されました。
これは、私たちのゲノムに隠されている調節配列をより正確に見つけ出し、人間の特性や疾患の謎を解く新しい道を拓くかもしれません。
古代ウイルスが私たちの健康を左右する

今回の研究結果から、私たちの体の中に眠っていた「ジャンクDNA」と呼ばれる不思議な領域に対する見方が大きく変わりました。
これまで「ジャンクDNA」という名前からも分かるように、このDNA領域は「役に立たない無意味な遺伝子のガラクタ」として軽視されてきました。
しかし、実際はこの領域に、驚くほど重要な役割が隠されていたのです。
しかもその役割は、人間の進化や赤ちゃんが母親の体内で育つ過程、さらには病気にさえ影響を与えるほど広範囲なものでした。
元をたどれば、これは数千万年も昔に私たちの祖先がウイルスに感染したことに端を発しています。
本来、ウイルスは外敵であり感染した生物に悪影響を与える存在です。しかし、進化の長い歴史の中で、このウイルスのDNA断片は私たちの祖先のゲノムの中に入り込み、そのまま次の世代へと受け継がれてきました。
初めは単なる「DNAの中のノイズ」のような存在だったかもしれませんが、徐々に宿主である私たちのゲノムに取り込まれ、いつの間にかゲノム全体を調節する大切なスイッチ役として働くようになっていたのです。