この「魂(伝統)」と「身体(健康)」の両方の不安に応える政党は、どこにも存在しなかった。自民党はグローバル経済に配慮するあまり「魂」を、旧来の野党はイデオロギーを優先するあまり「身体」を、それぞれ置き去りにした。

この巨大な政治的空白こそが、参政党ブームを必然たらしめた最大の要因である。

第2章:参政党の戦略書──「身体」から入る政治

参政党の戦略で最も独創的なのが、抽象的な政治イデオロギーを、具体的な「身体感覚の危機」へと翻訳する手腕である。

第一節:「身体の政治学」──アトピーとOTC薬問題が拓く扉

その典型的な入り口が、アトピー性皮膚炎に代表されるような、現代的な健康問題だ。プロセスはこうだ。我が子のアトピーに悩む母親が、標準的な西洋医学の治療に限界や疑問を感じ、代替医療や食事療法に活路を見出す。この過程で、彼女は必然的に、医学界、製薬業界、食品業界、そして政府やメディアといった既存の「権威」に疑いの目を向けることになる。

この不信の炎に油を注ぐのが、【自民・公明・維新の3党合意によるOTC類似薬の保険適用除外】といった具体的な政策である。この合意は、医療費削減を名目に、アトピー患者が日常的に使用する保湿剤(ヒルドイド類似薬)や花粉症の薬(タリオンなど)を保険適用から外し、全額自己負担とするものだ。患者にとっては、負担が数倍から数十倍に「激増」する、まさに生活を直撃する改悪である。

この政策が重要なのは、それが「既存の主要政党(自民、公明、維新)が、結局は国民の健康や生活よりも、国家の財政や既得権益を優先するのだ」という、参政党のかねてからの主張を、これ以上ないほど雄弁に裏付けてしまうからだ。アトピーに悩む当事者から見れば、この政策は、自分たちの苦しみを無視した、冷酷な決定としか映らない。

こうして、個人的な健康問題への不安は、具体的な政策への怒りを経て、既存の社会システム全体への根源的な不信へと発展する。この段階に至った人々にとって、参政党が語る「グローバリストによる支配」や「メディアが隠す真実」という物語は、自らの体験と完全に符合する、説得力のある「答え」として響くのだ。「身体」への不安は、かくして世界認識を転換させる強力なゲートウェイとなる。

第二節:「国を奪われた」という神話