こうした軍事的負担の軽減は、資本投資や消費に再分配することで経済成長につなげられるはずですが、ウォランダー氏は、ソ連経済の欠陥を是正することにならなかっただろうと主張します。なぜならば、ソ連経済の根本的問題は「国家統制」という政治経済の制度に起因するからです(前掲論文、148ページ)。
確かに、ソ連は自らの壊滅的な経済の弱みで崩壊したという説明は筋が通っていますが、それを許容した環境的要因(国際システムの影響)を加味しなければ、冷戦終結からソ連解体の全体的ストーリーは完結しないと思います。
アメリカとの軍縮交渉において、ソ連政治局のガイドラインは「戦略的安定」というフレーズを繰り返し使っていました(前掲論文、160ページ)。このエビデンスは、オーエ氏が的確に指摘したように、ソ連が自らの安全保障を前提条件にして、一連の経済改革を実行していたことを示唆しています。
第3の波 —パワーポリティクスの復権—
冷戦終結に関する研究は、第三波を迎えています。それは冷戦の終焉を「データポイント」として捉えるのではなく、国際政治のパターンの1つの事象として、その連続性の中で観察する研究です。
ジョシュア・シフリンソン氏(ボストン大学)は『崩壊前後』に寄稿した論文「背後に置き去りにし続けること―アメリカ、ソ連の衰退そして冷戦の終わりにおけるヨーロッパの安全保障―」において、「継続されたアメリカの競争は、冷戦の終結にもかかわらず、百戦錬磨のリアリストのパースペクティヴからすれば、道理にかなったものだ」と主張しています。
かれの分析の特徴は、パワーシフトにある台頭国と衰退国の相互作用を理論的に説明していることです。パワーの衰退に直面している国家がとり得る選択肢は、①コミットメントの縮小、②現状を継続すること、③予防行動をとることです。他方、台頭国は自らが優位になったチャンスを活かして、しばしば「リスク回避の収奪者」として行動します。すなわち、台頭国は衰退国が絶望して「予防戦争」に走ることがないよう注意しながら、後者の犠牲のもとで自らの利益を最大化するように振る舞うのです。