通常、遺伝子に起きる変異は、生物の体の機能に悪影響を及ぼし、自然淘汰によって徐々に消えてしまうことが多いのです。ところが、このGLI3のR1537C変異は、身体の基本的な働きを壊さず、むしろ骨格の形をほんのわずかに調整するという、微妙な影響だけを与えます。また一般にネアンデルタール人の遺伝子の大半は軽度に有害である可能性が高く現代人では現在進行形で淘汰が進んでおり、ネアンデルタール人の遺伝子は徐々に人類から抜け落ちていると考えられています。そんななか致命的な有害さを持たないものは平均よりも多く残りやすくなります。つまりGLI3の変異が頼り高く残っているのは他よりも有害性が低いという消極的な理由になると考えられます。

また他の研究ではネアンデルタール人やデニソワ人から受け継いだ遺伝子の中には、寒冷な気候への適応や、特定の病原体への抵抗力向上など、環境への適応に役立つものがいくつもあることが示されており、もしこのGLI3遺伝子変異もまた、そうした適応の小さなメリットを持っていた場合、自然淘汰の中でむしろ有利に働き、現代人に比較的多く残った可能性があります。実際一部のネアンデルタール由来の遺伝子には、免疫応答や適応的表現型(皮膚色、代謝、感染症抵抗性など)に有利なものもあり、それらはいわゆる正の選択(positive selection)を受けて人類のゲノムに残ってきたことも示されています。たとえばOAS1, STAT2, TLR1/6/10 など、抗ウイルス応答やパターン認識に関わる遺伝子群がネアンデルタール由来であり、これらは現代ヨーロッパ人では25%前後、東アジア人では32%前後がネアンデルタール型遺伝子を保有していることが知られています。

私たちは普段、このような古代の遺伝子を持っていると意識することはありませんが、今回の研究によれば、その影響は決してゼロではないようです。

一方で、最近の医学研究では、この遺伝子変異を持つ人は「神経管閉鎖障害」という重い先天性の病気が起こるリスクがわずかに高い可能性が指摘されています。