これらの指標を比較すると、薬物治療を長期間受けてきた人の脳には、明らかな違いが見つかりました。
具体的には、薬物治療を受けたグループの患者では、脳表面のシワや谷が特定の領域で複雑化していたのです。
例えば、運動や動作の調整に関わる「左補足運動野」や、言語理解を助ける「左上側頭回」、運動感覚に関わる「右Rolandic operculum(ローランド蓋部)」、顔や物体認識に重要な「右紡錘状回」、視覚情報処理に関わる「左楔前部」などで、脳の折りたたみ構造がより複雑化していました。
また感情や意思決定に関わる前頭部の「眼窩前頭皮質」の一部では、脳の谷(溝)が深くなっていることも確認されました。
加えて、「左眼窩前頭皮質」の表面は数学的にもより複雑な構造になっていました。
これらは薬物治療が脳の表面構造を明らかに変化させていることを示しています。
ところが意外なことに、灰白質の全体的な体積には薬を飲んだ患者と飲まなかった患者の間で差がありませんでした。
また、ADHD症状の重さについても、薬物治療を受けているか否かで明確な違いは見られなかったのです。
つまり、脳表面に明らかな変化があったにもかかわらず、それがADHDの症状改善に直接つながっているわけではないという結果になりました。
さらに、研究者たちは「脳構造の複雑化」とは別にADHD患者が持つ衝動性という性格的な特性にも注目しました。
衝動性にも色々な種類がありますが、ここで特に研究者たちの関心を惹いたのが「冒険的衝動性(venturesomeness)」という性格傾向です。
これは単なる衝動的な行動とは少し違い、「リスクを理解しつつ、それでも面白そうなことに積極的に挑戦する」というタイプの性格を指します。
今回の調査では、薬を飲んだことがないADHD患者の方が、この「冒険的衝動性」のスコアが高く、リスクのある行動に積極的にチャレンジする傾向があることがわかりました。