こうした磁石たちが「どう向けばいいのか決められずに困ってしまう状態」のことを、物理学では専門的に「磁気フラストレーション」と呼んでいます。

簡単に言うと、磁石たちが「どの方向を向いたらいいのか分からず、お互いに悩んでいる」状態のことなのです。

三角形の構造ではどこかに必ず矛盾が生じ、すべての磁石が完璧に満足できる配置が見つかりません。

このような磁気フラストレーションを持つ物質では、磁石(スピン)たちは「安定した状態」をなかなか見つけられず、常に向きを変え続けます。

そのため、非常に低い温度になるまでは、磁石がきれいに並ぶ秩序状態が形成されません。

アタカマイトの場合、この秩序が現れるのは約9ケルビン(マイナス264℃)以下という、極めて低い温度です。

それより高い温度では、磁石たちは「落ち着きのない子どもたち」のように、方向を定められずに揺れ動いています。

つまり、普通の磁石が簡単に整列する温度でも、アタカマイトでは秩序が生まれず、いつまでも乱れた状態が続くのです。

では、科学者たちはなぜ、こんな「磁石の秩序が定まらない物質」に強い関心を抱いたのでしょうか?

実は、この「秩序が不安定な状態」には、磁場や圧力などの少しの刺激を与えるだけで、磁石の状態が劇的に変化する可能性が秘められています。

これはいわば、ピンと張ったゴムがちょっとの刺激で勢いよく跳ねるようなもので、物質が劇的に変化する現象を科学者たちは「量子相転移」と呼んでいます。

特に磁場をかけることにより、「磁石が交互に並ぶ秩序状態(反強磁性)」が、まったく異なる性質を持つ状態(例えば「量子スピン液体」や「量子順磁性」など)へと急激に変化することがあります。

こうした変化が起こる特定の磁場強度を「量子臨界点」といい、このポイントでは物質内部の「乱雑さ(エントロピー)」が大きく変動します。

乱雑さとは、簡単に言えば物質内で磁石が向きを自由に変えられる程度のことで、物体のエントロピーがもし急減すれば、物体の温度を下げることにつながります。