人間事象に深く根差した戦略は、非人間的で機械的な「科学」では理解できないと感じる人は、歴史の事例から政策に関連づけられた中範囲の理論を構築したジョージ氏の著作を一度、読んでみてください(ジョージ氏の研究の概要は、次のペーパーが要領よくまとめています:Jack S. Levy, “Deterrence and Coercive Diplomacy: The Contributions of Alexander George,” Political Psychology, Vol. 29, No. 4, August 2008)。
ジョージ氏が仲間と編んだ『軍事力と現代外交』(有斐閣、1997年)は、政治学と歴史学のハイブリッドであり、強制外交や危機管理の成否を分けそうな条件を明示しています。
戦略への科学的アプローチを忌避する姿勢は、われわれの戦争への理解を貧弱なものにしてしまいます。たとえば、ロシアがウクライナ危機において国境付近に大兵力を集結させたのは、モスクワが強制外交すなわち同国のNATO非加盟を武力の示威で要求しようとしたものと理解できます。そしてロシアと米欧そしてウクライナは危機管理に失敗した結果、戦争に突入したのです。
トランプ政権がイランの核施設を空爆する前に「最後通牒」を発出した一連のプロセスも、やはり強制外交でしょう。こうした戦略の「常識」は残念なことに、わが国の論壇や世論では、ほとんど共有されていないようです。そのため、これらの重要な出来事への大半の日本人の理解は表面的なものになっています。
民主主義国の命運は、市民の合理的判断に依拠した健全な民意に左右されるとすれば、わが国における「戦略科学」の欠如は、由々しきことと言わなければなりません。