そういう意味で、ウェブ記事や著書での発信とは別に、なんか直接読者の人と繋がり、いわゆる日常の”よしなしごと”レベルで色々と共有しながら、過激な極論を弄ばないでも未来への希望を再び持てるようにするような、そういう「場所」を作れないかと考えています。
今までの僕の仕事でそういう繋がりというのは、「コンサル業」と「文通」だけでしたけど、両方ともものすごく深く関わるやり方すぎて、数はとてもこなせないので・・・
そこまで行かない、「ご近所さん的な時代と気持ちの共有」みたいなレベルの関係性をたくさん作れたらいいなと。
なんというか、「日常的な寂しさ」みたいなレベルのことにちゃんと向き合って一緒に時間を共有しようとしてくれるのが、今の社会には少なすぎるんだろうと思うんですね。そういうのは「個人への抑圧」だってことで全部破壊してきちゃったので。
もちろん、「寂しさ」の部分だけなら「推し活」的な色々な繋がりでなんとか埋めれるかもしれないけど、それよりはもう少し「ちゃんと考えたい」みたいな部分とセットになると本当に気持ちの持って行き場がない。
特に、最近x(Twitter)で話題だった「すき、かわいい、おいしい」だけの世界・・・から少しでも離れた、何か「こんな私でもちょっとは真面目に考えてみたい」となった時の気持ちを受け止めてくれるのはマジで先鋭化しまくったポピュリズム政党かカルト宗教団体かしかない!みたいな大問題がある。
オープンなSNSはどんどん治安が悪くなって、軽い気持ちで日常思ったことを言うだけで四方八方から罵倒されるんで、ちゃんと毎回武装して全方位に配慮して・・・ってやりはじめると「もういいや」ってなって誰にも言えないままになっちゃってる日常のお気持ちがたくさんある。
あなたにもありませんか?僕にはめっちゃあります(笑)
オープンなSNSでは、「ちゃんと完全武装して強いメッセージを発する時」以外でなかなか発言できない感じになっちゃっているからこそ、そうじゃない場所がどこかにほしい。