1つは「スパイラル・モデル(spiral model)」です。これは国家が恐怖や不安により動機づけられて攻撃的な行動をとっている場合にあてはまります。こうした状況では、抑止や強制の威嚇は、相手の恐怖心をさらに高めてしまい、作用・反作用の悪循環を発生させる結果、対立をどんどん悪化させるだけです。
したがって、ここでの紛争解決や危機管理を成功させる政策は、相手の恐怖や不安を和らげることです。すなわち、便宜をはかったり譲歩をしたりする政策が有効なのです。
もう1つは「抑止モデル(deterrence model)」です。これは国家が現状打破の拡張や略奪的な野心によって動機づけられて侵略的な行動をとっている場合にあてはまります。こうした状況では、便宜をはかったり譲歩をしたりすると、相手に拡張行動をエスカレートする機会を与えることになり、対立はかえって悪化します。
したがって、ここでの紛争解決や危機管理を成功させる政策は、信頼のおける威嚇により潜在的侵略国が現状打破の目的を達成できなくする抑止になります。
ウクライナ戦争を防ぐ「失われた機会」
リアリストのスティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)は、これら2つのモデルを引き合いに出しながら、ウクライナ危機において、アメリカやヨーロッパの同盟国は、ロシアを宥和すべきだと主張していました。
かれは、ロシアには「抑止モデル」は当てはまらないといいます。ウクライナに武力を提供する政策は、プーチン大統領が無慈悲な侵略者であり、旧ソ連帝国を再構築しようとしていることを前提として、ロシアに対しては対決姿勢で臨むべきだという発想を反映しています。
しかし、ウォルト氏は、むしろ「スパイラル・モデル」がロシアにあてはまると見ています。かれがロシアのクリミア編入直後に行った、の2015年2月時点での分析を以下に引用します。
「ロシアはナチス・ドイツや現代の中国のような野心的台頭国ではない…衰退する大国(ロシア)がまだ保持している国際的影響力にしがみついているのであり、国境付近の控えめな影響圏を維持しようとしているのだ…プーチンとその取り巻きは、ウクライナを含む世界中で『体制転換』を促進するアメリカの努力も純粋に懸念している…無慈悲な野心ではなく消えない不安がウクライナに対するロシアの反応にある。さらに、ウクライナ危機はロシアの大胆な行動から始まっていなかった…それはアメリカと欧州連合が、ウクライナをロシア圏から外して、西側の影響圏に組み込もうとした時に始まった…モスクワはこのプロセスに手段を尽くして戦いを挑むことを何度も明らかにした。アメリカの指導者は、領土の収奪ではなくロシアの不安から明らかに生じた、これらの警告を軽く無視したのだ。プーチンの強権的反応を予測できなかったアメリカの外交担当者の失敗は、顕著な外交的無能をさらけだす行為だった…もしわれわれは『スパイラル・モデル』状況にいるのなら、ウクライナを武力で強化することは事態を悪化させるだけだろう…それは単に紛争を悪化させるだけであり、ウクライナの人々をさらに苦しめることになる」