これらの健診事業は医師会などに委託されており、委託費は1人あたり1万円〜1万5000円程度とされる。仮に平均1万5000円で換算すれば、後期高齢者分だけでも健診費用の総額は約714億円にのぼる。

こうした予算を合算すれば、国と自治体による健診関連支出は総額でおよそ1兆円規模に達する可能性がある。これは、統計上は医療費に含まれない“隠れた老人医療費”といえる。

命を守る検診が命を奪うこともある

とはいえ、一部のがん検診には有益な側面もある。たとえば、大腸がん、乳がん、前立腺がんなどは、早期に発見して治療すれば、自立した生活を続けられる可能性が高い。しかし、手遅れになればその結末は深刻で、命にかかわるだけでなく、悲惨な死を招くことも少なくない。

ただし、90歳を超える超高齢者や、要介護・認知症の患者に対するがん検診については、慎重な判断が求められる。手術や治療が身体的・精神的に大きな負担となり、入院によって廃用症候群が進行して要介護状態になったり、認知症が悪化したりするリスクもある。その結果、その人らしい自立した生活を損なうことにもなりかねない。

筆者の経験でも、ようやく訪問看護を開始し、施設入所を回避できるかと思っていた矢先、たまたま介護者が検査を受けたことで末期がんが見つかり、入院。結果的に本人も介護施設へ入所することになったケースがあった。

その介護者には何の自覚症状もなく、もし検査を受けなければ、しばらくは二人で自宅で穏やかに暮らせていたかもしれない――そう思わずにはいられない出来事だった。

健康保険制度の見直しと持続可能な未来へ

経済発展と医療の進歩で長寿化した日本だが、医療財政だけでなく医師や看護師不足も始まりつつある。医療リソースが有限であることを為政者も国民も意識しなければ、折角築き上げた国民皆保険医療を自滅させることになる。

米国では既に、エビデンスから費用対効果が確実な医療行為を選択し、無益な医療を止めるchoosing wiselyという活動がある。わが国も参考にすべきだ。