この話を理解するためにはまずブラックホールでみられる量子的な蒸発といえる現象(ホーキング放射)を知る必要があります。
「量子の世界」では何もないように見える真空でも、実は小さなエネルギーの揺らぎが常に起こっていて、粒子と反粒子という2つの仮想粒子が一瞬だけペアになって生まれては消える、ということが頻繁に繰り返されています。このような粒子は通常あっという間に消えてしまいます。
しかし、もしこれがブラックホールのような強い重力場の中で起きると、ちょっと不思議なことが起こります。重力が強い場所では空間が歪んでいるため、粒子のペアが生まれた後、それらがそれぞれ違う経路をたどることになります。そうすると、粒子と反粒子が完全に元通りに重なることが難しくなり、再び消滅することができなくなってしまうのです。
その結果、一方の粒子だけが外へ逃げ、もう一方はブラックホールに取り込まれることになります。
このとき天体は、外へ逃げた粒子のエネルギー分だけ自分自身のエネルギー(質量)を失うことになります。
無から生じた粒子と反粒子が再び無に帰れば問題はありませんが、分裂したペアがそれぞれ別の道を行くことが確定すると、その実在分のエネルギーをどこかが肩代わりしなければなりません。
でなければ宇宙に勝手に質量エネルギーが加算されて、エネルギー保存則に反することになってしまいます。
そのツケ回収担当となるのが既に実在するブラックホールの質量エネルギーとされています。
このように――ほんのわずかずつ――しかし確実に――体重計の針が軽くなる。これがブラックホールでみられる量子蒸発と呼ばれる現象です。
そしてここからが新しい「重力ペア生成」の話になります。
新たな研究ではこの量子蒸発がブラックホールという極限的な天体限定の話ではなく、普通の物体にも当てはまる可能性があることが示されています。
実際には陽子崩壊や天体衝突など別のプロセスが先に物体を壊してしまうと考えられるため、人間や月がそこまで長寿を保つ保証はありません。