それでも「ブラックホール専用だった量子蒸発が、重力さえあれば物体を選ばず働くかもしれない」という発想は魅力的です。
また重力ペア生成はホーキング放射の“いとこ”にあたり、同じ真空ゆらぎを使いながら、事象の地平線を必要としないという点でより一般的なメカニズムと言えます。もしこの量子蒸発が本当に普遍ルールなら、私たちの日常品までもが気の遠くなる未来で静かに“溶けて”いく運命にある――そんな宇宙の長大な未来を、一つの簡潔な数式が示唆しているのです。
理論によれば密度を3倍にすると蒸発までの時間はおおよそ5倍強に縮み、逆に密度を10分の1にすると時間は30倍近くに膨らむ計算になります。
ただ常に密度が高いほど早く蒸発するかと言えば、実際にはそう単純ではありません。
計算によれば、超高密度の中性子星と太陽質量程度の恒星ブラックホールはいずれも約10⁶⁷年(1の後に0が67個続く年数)という同程度の時間をかけて蒸発することが分かりました。
重力が非常に強いブラックホールの方が早く消えてもおかしくないように思えますが、「ブラックホールは自身が放出した放射の一部を再吸収する性質があり、これが蒸発の速度を予想より遅くしています。これは表面を持たないブラックホール特有の挙動です」と共同研究者のマイケル・ヴォンドラック博士は説明しています。
つまり新たな理論でブラックホールは少し寿命の得をする場合もあるわけです。
(※質量が小さいブラックホールは中性子星よりわずかに短命ですが、数倍以上重くなると逆に中性子星よりも長命になるという質量依存の面があるのです。)
一方、白色矮星のような比較的低密度の天体では、蒸発完了までに要する時間はもっと長くなります。
白色矮星は宇宙で最後まで残る「燃え尽きた星の残骸」と考えられますが、今回の計算では約10⁷⁸年で蒸発し尽くすことが示されました。
従来は白色矮星がホーキング放射のみを考えた場合、事実上永遠に近い約10¹¹⁰⁰年も存続すると考えられていただけに、今回の結果がいかに驚くべき短縮であるかがわかります。