幸い、光を用いた系であれば量子光学の高度な手法を駆使することで、ごく微弱な相関シグナルであっても捉えられる可能性があります。

また、地平面以外の極端な時空のモデル(たとえばブラックホールの代わりに提案されている仮想的なコンパクト天体)についても、同様の手法でシミュレートし現象を解析できるかもしれません。

また過去には水を使用した実験でも、水の地平面が出現し、ブラックホールやホワイトホール、そしてホーキング放射を模倣する現象がみられました。

なぜ身近に「事象の地平面」のような現象があふれているのか?

水面にできる浅い「滝」と、光の液体に作られた急流、そして宇宙に浮かぶブラックホール──これら三つのあいだで起こる現象は、動かす力そのものはまったく別物なのに、波や光が感じる“環境のかたち”が数学的にそっくりという点で結びついています。水面では重力と水圧が流速を決め、光の液体ではレーザーのポンプ強度が流れを支配し、ブラックホールでは時空そのものが質量で曲げられます。しかし、流れが波の伝わる速さを追い越す境目では「こちら側へ戻れなくなる」という 一方通行の条件 が共通に立ち上がります。この境目を数式で表すと、どのケースも“波の速度より流れが速い”という kinematic(運動学的)な条件に帰着し、波の方程式は同じ形の「有効時空」を感じて動くことになります。

つまり、ブラックホールの事象の地平面が示すのは重力場そのものの極端さですが、波の立場から見ると「逃げ道をふさぐ流れ」というもっと一般的な状況としても現れるわけです。そこで浅い水や光の液体を使えば、地平面そのものの“形”や、ホーキング放射に相当するペア生成などの 表面現象(きわ) を身近な実験でまねできるというわけです。ただし違いも重要で、ブラックホールでは流れを生むのが時空の曲率=重力であり、内側には特異点や強い時空のダイナミクスが存在します。水や光の液体に作った地平面はあくまで「波を一方向に閉じ込める速い流れ」という 運動学的コピー にすぎず、重力そのものやブラックホール内部の物理までは再現できません。