同様の性質は先ほどのホーキング放射で説明したように本物のブラックホールでもみられます。ブラックホールのまわりでは空間だけでなく時間まで強くゆがみます。地平面をほんのわずかでも越えると、その坂はあまりに急で、どんな物質や光も外向きに進もうとするより速く内向きに流れる“時の川”に押し戻され、未来へ進むこととブラックホールの中心へ落ち込むことが同義になります。そして内側へ落ち込んだ粒子が負の符号をもったエネルギーを持つことになります。光の液体の場合も、光の地平面を超えた波は負のエネルギーを持つという点は、本物のブラックホールの負のエネルギーを持つ粒子はよく似た現象と考えられています。

この結果は、光の液体において地平面が確かに形成されたことを示す明確な証拠です。

さらに先に述べたように研究チームは、この人工地平面の性質を自在に変えることにも成功しました。

地平面をなす流速変化の勾配をゆるやかにして「滑らかな地平面」を作った場合と、急峻に変化させて「急な地平面」を作った場合とで、そこで観測される放射の特徴が異なることを突き止めたのです。

流れの速さとホーキング放射の勢いの関係も再現できた

理論の上では「勾配が急=地平面が鋭い」ほどホーキング放射は勢いよく出ると考えられています。理由は、放射の熱さを決める“ホーキング温度”が地平面における流速の傾き、に比例するためで、川の流れで言えばなだらかな瀬よりも滝壺の縁のほうが水しぶきが激しくなるイメージに近いのです。

今回の実験でも、緩い勾配で作った滑らかな地平面では弱くて整った“熱的”な色分布が観測され、急峻な地平面では低い周波数側が大きく盛り上がる歪んだ分布が現れて「放射が強まりそうだ」という兆しが見えました。

ただし装置の感度が追いつかず、実際にどれだけ粒子が増えたかを数え切るところまでは至っていません。今後は検出器のノイズをさらに減らし、急峻ケースで漏れ出す粒子の総量とスペクトル形状を正確に測り、理論が示す“滝壺ほど熱く激しい”という予測を実験的に裏づけることが課題になります。