その結果浮かび上がったのは、「仏教と国家が密接に結びついている国ほど仏教徒による暴力が起きやすい」ということが統計的に示されました。
サイヤ氏らはこの現象を「特権のパラドックス」と表現しています。
つまり、本来は非暴力を説く仏教が、国家から特別扱い(特権的な地位)を与えられると逆に暴力を誘発してしまうという逆説です。
具体的には、国教やそれに準ずる形で仏教を優遇する政府のもとでは、一部の強硬派僧侶や仏教徒グループが自らを“宗教の守護者”たる自警団とみなし、少数派住民に対する差別や攻撃を正当化しやすくなることが分かりました。
国家が仏教を庇護・推進する姿勢を見せることで、過激派は「政府のお墨付きがある(お咎めはない)はずだ」と感じ、異教徒や少数派に対する暴力行為に踏み切りやすくなるのです。
実際、ミャンマーでは政府が憲法で「仏教の特別な地位」を規定し、強硬派僧侶の集団がイスラム系少数民族に対する排斥運動を公然と展開しました。
仏教至上主義を掲げる僧侶たちは、自らを「仏教国家を守る正義の団」と称してモスクの焼き討ちや住民への集団暴行を扇動し、多数の死傷者と難民を生み、当局も当初は十分にこれを取り締まりませんでした。
その結果、2010年代にはロヒンギャ危機と呼ばれる大量虐殺・難民発生という悲劇に至ったのです。
スリランカでも政府が「仏教に最も尊い地位を与える」と憲法で定め、多数派シンハラ仏教徒の民族宗教ナショナリズムが助長されてきました。
その下地のもとで仏教強硬派グループが台頭し、内戦終結後の近年にはイスラム系やキリスト教系の少数派住民を狙った暴動(寺院や教会の破壊、殺傷事件など)が繰り返し起きています。
タイも2017年憲法第67条でテーラワーダ仏教の保護を明記し、事実上多数派仏教を国のアイデンティティに位置付ける傾向があり、長引く南部の宗教紛争では仏教徒住民とイスラム教徒住民の対立が深刻化しました。