実際、仏教教義では殺生を禁じる「不殺生」が基本とされ、歴史的にもダライ・ラマや禅の平和思想など平和的側面が強調されてきました。
しかし現実には、仏教の歴史にも暴力の事例は存在します。
古くは6世紀の中国で「敵を殺せば菩薩になれる」と讃えられたり、中世日本の「僧兵」やタイの聖者による反乱、第二次大戦時の日本で禅僧が戦意高揚に寄与した例もありました。
そして現代においても、21世紀に入って仏教徒が多数派を占める11か国のうち実に8か国で、仏教徒による少数派への迫害やテロ事件が起きています。
例えばスリランカ内戦ではシンハラ仏教至上主義が影を落とし、ミャンマーでは過激な僧侶がイスラム系ロヒンギャ住民への憎悪を煽り「大量虐殺の疑い」とされる規模の迫害に発展しました。
またタイ南部の紛争やチベット騒乱(2008年)では、仏教徒が関与する暴動で多数の死者が出ています。
このように「仏教にも暴力的な一面がある」こと自体は指摘されてきましたが、「なぜある場所では仏教が暴力化し、他の場所ではそうならないのか」について体系的に解明した研究は少なかったのです。
今回注目の研究論文は、この疑問に答えるために行われました。
シンガポール南洋理工大学のニレイ・サイヤ准教授とストゥティ・マンチャンダ博士ら研究チームは、「仏教が暴力に転じる背景には宗教と国家の関係が深く関与しているのではないか」と仮定しました。
彼らの研究目的は、仏教徒過激派による暴力の発生メカニズムを解明し、宗教と政治の制度的な関わり(政教関係)が暴力に与える影響を検証することでした。
“平和の宗教”が戦闘モードになる瞬間

研究チームはまず仏教徒多数国における宗教暴力の実態を数量的に調べ、さらに代表的なケースとしてミャンマー、スリランカ、タイ、シンガポールの詳細な事例研究を行いました。