もしアメリカが抑制的な戦略をとった場合、ロシアはヨーロッパ広域で自国優位の安全保障アーキテクチャを構築できたであろう。アメリカが本国に帰ったところで、(ロシアの)利益がどこかに行ってしまうことはないのだ。このことが意味するのは、もしアメリカが本当に本国に帰ってしまい、その後になって強い国益を認識して戻ってこようとしても、そこにはアメリカのパワーを受け入れようとしないロシア主導のヨーロッパ安全保障構造があると知ることだろう。

要するに、かれらにいわせれば、ヨーロッパにおける米ロ関係の悪化は、西側のせいではなく、現状打破の衝動にかられた米ロ両国の戦略的な競争の結果と見る方が適切だということです。

わたしは、この主張には無理があると思います。なぜならば、ロシアのパワーの優位性はウクライナなどの中小の周辺諸国で局地的に成立するにすぎず、ヨーロッパ大陸全体に全く及ばなかったからです。

繰り返されるドミノの誤謬

我が国では、ウクライナ危機でロシアに妥協することは、アジアにおける中国の現状打破行動を大胆に促してしまうのではないかと一部で懸念されています。ウクライナという最初のドミノのコマが倒れたら台湾というコマも倒れるという、かなり突飛な推論です。

岸田総理の「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」のだから、ロシアの侵略には毅然と対応するという姿勢は、多くの日本国民に受入れられたようです。イギリスのジョンソン首相も、当時、ロシアがウクライナに侵攻すれば、影響は台湾に及ぶといっていました。『アトランティック』誌は、「次は台湾か―ウクライナへのロシアの侵攻は中国がこの島の支配権を握る恐ろしい可能性をより現実的なものにしている―」と題する記事を発表しました。

こうした主張には頷けるところもなくはありませんが、東アジアにおける中国の攻撃的行動は、ウクライナ情勢ではなく、現状維持国に有利なバランス・オブ・パワーが保たれるかどうかに、より強く影響されるでしょう。潜在的侵略国への抑止の信ぴょう性を保つためだけの理由で、地理的に遠く離れた地域で行う戦争など不必要なのです。