「ヒトラーはチェコスロバキアへの軍事攻撃を望んだ…が、かれのアドバイザーたちは、ドイツが負けそうだったので、侵略に反対した…ヒトラーの計画は…将軍や助言者と共に実行され、主要なインテリジェンス情報は隠し立てせずに議論された」のです(上記書、95-96ページ)。この段階では「ヒトラーは合理的に行動した」(上記書、95ページ)ということです。
キューバ危機では、ケネディ大統領は国家安全保障会議のエクスコムにおいて、アメリカがとるべき複数の選択肢を側近たちと忌憚なく議論しました。こうした開放的な議論は、ケネディが自己肯定の錯覚による自信過剰に陥るのを戒めて、キューバにおけるソ連の核ミサイルを空爆で叩く、核戦争を招きかねない危険な軍事オプションを退けたのです。
ところが、ヴェトナムへの軍事介入の政策決定では、ジョンソン政権は閉ざされた議論を行ってしまった結果、戦争の行方に悲観的な情報を排除してしまい、楽観的な展望に惑わされて泥沼の戦争にはまってしまいました。
2003年のアメリカのイラク侵攻も、同じように意思決定がブッシュ大統領の側近を中心に、閉ざされたメンバーで行われてしまったために、戦争と戦後のイラクの民主化を楽観的に見立てて、体制転換(regime change)のために軍事力を行使してしまいました。
こうした画期的な学術成果を図書として刊行した後、ジョンソン氏は、ドミニク・ティアニー氏(スワースモア大学)と共著で、今度は、「否定バイアス(negativity bias)」に関する新しい研究を発表しました(Dominic D.P. Johnson and Dominic Tierney, “Bad World: The Negativity Bias in International Politics,” International Security, Vol. 43, No. 3, Winter 2018/2019, pp. 96-140)。