その一方で、戦争は起こったり起こらなかったりします。前者が一定で後者が変化するのであれば、両者に共変は認められないため、戦争は人間が引き起こすという直感に反して、それらは関係ないと結論づけられてしまいます。

しかしながら、こうした通念は、ジョンソン氏によれば間違いであり、個人が抱く自己肯定の錯覚が高くなれば、人は自信過剰になるため、それだけ戦争を選択しやすくなるのです。人間の「本性」を「心理バイアス」に置き換えれば、個人レベルにおいて戦争の発生を説明できるようになるということです。

そして、かれは、自信過剰と戦争の因果理論を構築します。その際、自己肯定の錯覚というバイアスが強まったり弱まったりする、理論の先行条件を特定しています。それらが「政治体制のタイプ」と「議論の開放性」です。

一般的に、自由民主主義国では、政治指導者は政策を立案する過程で、さまざまな情報や批判的意見にさらされるために、自信過剰の心理バイアスが修正されやすくなります。ただし、民主体制下でも、政治的意思が閉ざされた環境で決定される場合、自信過剰な判断は是正されにくくなり、指導者は国益を毀損する愚行に走りかねません。

ジョンソン氏は、上記の仮説を第一次世界大戦におけるドイツの戦争指導者の意思決定、ミュンヘン危機におけるヒトラーを取り巻く政治的状況、キューバ危機における米ソの対応、ヴェトナム戦争へのアメリカの軍事介入、さらには2003年のアメリカのイラク侵攻の事例により検証しています。その結果、戦争に至った全ての事例において、かれは、意思決定者が自己肯定の錯覚による自信過剰に陥っていたことを発見しました。

第一次世界大戦では、ドイツの戦争指導者は「8月危機」において、戦争の早期終結に過剰な自信を抱いていました。ミュンヘン危機において、ヒトラーが戦争を踏みとどまったのは、意外に思えるかもしれませんが、その当時のドイツの政策決定は「開放的」だったことが影響しています。