こうした「誤算」や「誤認」をもたらす最大の源泉の1つが、かれによれば、国家の指導者の自信過剰ということです。こうした自信過剰と戦争との因果理論は、ジェフリー・ブレイニー氏が戦争の原因を「楽観主義(optimism)」に求めた古典的なロジックをアップデートしたものだといえるでしょう(Geoffrey Blainey, The Causes of War, 3rd. ed., Free Press, 1988, pp. 35-56)。
ジョンソン氏によれば、人間の心理の基底には、自己肯定の錯覚(positive illusion)に導かれる自信過剰があります。こうした心理バイアスは、人間が進化の適応過程で得たものであり、現在でも人々に広く認められるものだと、かれは主張しています。
自然選択(natural selection)の長期的過程において、自己肯定の錯覚という気質を持った人間が生き残り、繁殖して今日に至ったのです。この性向を持つ「楽観的な」人間は、自分の行動や将来展望を悲観視してあきらめてしまう人より、目標を達成できる見込みが高いと考えられます。自分に自信を持つ兵士や司令官、政治家が評価される所以です。
自信過剰は人間が環境に適応する際、有利に働いた一方で、残念なことに、人々の「合理的計算」をゆがめることになります。それが戦争の意思決定に働くと、時には破滅的な結末をもたらします。
国家の政策決定者は、事態を楽観視する心理バイアスに縛られてしまうと、戦争で勝利したり、戦争を簡単に終わらせられる蓋然性を過大評価してしまいます。その結果、交渉による紛争の解決より戦争がしばしば選好されることになります。すなわち、国家の指導者がもつ自己肯定の錯覚や自信過剰は、戦争の可能性を高めてしまうのです。
『自信過剰と戦争』が提供した戦争原因の行動論的な研究は、これまでややもすれば見過ごされがちだった、国際関係論における個人レベルの分析(第一イメージ)を再考することになりました。古典的な政治学では、戦争を引き起こす権力欲(animus dominandi)を備えた「人間本性」は固定化されたものだと論じられることがありました。人間本性は変わらないと。