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近年の国際関係論における戦争の研究では、個人レベルの心理的な行動形質(パターン)にその原因を求める分析が注目されています。
その代表的な学者の1人が、ドミニク・ジョンソン氏(オックスフォード大学)です。かれは社会科学と自然科学の両方に精通している数少ない研究者の1人であり、オックスフォード大学で進化生物学の博士号を取得したのち、スイスのジュネーブ大学で政治学の博士号を授与されています。こうした学問的背景を持つジョンソン氏は、戦争原因を探求するにあたり、進化生物学や心理学の知見をふんだんに取り込んでいます。
ここで取り上げる、かれの主著『自信過剰と戦争―自己肯定の錯覚による混乱と栄光―』(ハーバード大学出版局、2004年)は、文字通り、学際的なものです。学問は他の学問体系から知識を「輸入」することにより、画期的な成果を生むといわれます。
ジョンソン氏は、国際関係論に生物学や心理学を導入することにより、戦争研究に新たな角度から光を当てただけでなく、斬新な仮説や理論を生み出しています。その1つが、政策決定者の「自信過剰(overconfidence)」と戦争に関する因果関係を立証しようとした上記の研究書です。
『自信過剰と戦争』は、今では国際関係論でなじみ深くなった「戦争のパズル」から議論を始めます。合理的選択のバーゲニング理論によれば、戦争は国家の指導者が、本当に「合理的」であれば起こらないはずです。なぜならば、双方の国家は相対的なパワーを反映した取引を成立させることにより、戦争のコストやリスクを避けられるからです。
言い換えれば、完全情報下における合理的な当事国は、戦争のコストを支払わずリスクも冒すことなく、戦争をした時と同じ結果をバーゲニングで得られるはずです。にもかかわらず、戦争が起こるのは、当事国のどちらか、もしくは両方が、自らの相対的パワーと戦勝の確率を実際より高く見積もっているからに他なりません。