このように『戦争におけるアナロジー』は、国際危機における国家の政策決定が、歴史のアナロジーに強く影響されていることを明らかにするのみならず、「歴史の教訓」を政策の成功につなげるのは、そう単純ではないことも示唆しています。
本書が公刊されたのち、政策決定におけるアナロジーの影響に関する研究は、進展を見せています。コーン氏のアプローチは、ジョンソン政権におけるヴェトナムへの介入を深く広く観察する定性的な事例研究によるものでした。
他方、アメリカの対外援助政策の決定過程におけるアナロジーの役割を定量的に分析した研究では、興味深い知見が導かれています。すなわち、国家の指導者は、いわれているほど頻繁にアナロジーを使わないのみならず、アナロジーの役割は、既存の研究において、過大評価されているというものです(Marijke Breuning, “The Role of Analogies and Abstract Reasoning in Decision-Making: Evidence From the Debate Over Truman’s Proposal For development Assistance,” International Studies Quarterly, Vol. 47, No. 2, June 2003)。
国際関係研究では、このように政策決定におけるアナロジーの影響や「歴史の教訓」の引き出し方について、さまざまな学者が議論を展開しています。アナロジーについての研究の余地はまだまだ残されており、今後、きっと新しい知見が提出されることになるでしょう。
コーン氏のアナロジーの研究は、30年ほど前のものですが、わたしの印象では、政治学や歴史学、認知心理学を全面的に取り込んで、戦争の意思決定におけるアナロジーの因果効果を明らかにする画期的なものであり、歴史の読み物としても価値が高いものです。