コーン氏によれば、「ヴェトナムにおける紛争は、外部からの侵略の事例として定義されるものである。ここでの政治的利害は、ミュンヘン会談や朝鮮戦争の時と同じように高く、軍事介入は適切な政策であり、成功する見込みがある…軍事介入は必要なのだ」(上記書、252-253ページ)ということです。
その後、アメリカはヴェトナム戦争をエスカレートさせて、北ヴェトナムを屈服させようとしましたが、結局、失敗に終わりました。アメリカは北ヴェトナムに負けたのです。ヴェトナム戦争は、6万人近いアメリカ兵の死者をだしただけでなく、北ヴェトナムの市民やゲリラ兵にも、おびただしい死傷者をだす悲劇となってしまいました(推定200-300万人)。
そして、今度は「ヴェトナムのアナロジー」が、アメリカの政治指導者の行動を束縛するように作用しました。冷戦後の湾岸戦争の際、ブッシュ政権は、泥沼のヴェトナム戦争の再来を避けようとして、イラク軍をクウェートから放逐した後、イラク国内に侵攻しませんでした。こうしたアメリカの抑制は、多かれ少なかれ、ヴェトナム戦争での失敗の経験に導かれたものだったのです。
コーン氏によるヴェトナム戦争におけるアナロジーの政策決定に対する影響の分析は、「歴史の教訓」への警告ともなっています。一般的に、われわれは失敗を繰り返さないために「歴史に学べ」といわれます。しかし、「歴史に学ぶ」ことは、成功にも失敗にもつながるのです。かれはこういっています。
「アナロジーの使用者による判断ミスは、同じプロセスから生じたものであっても、別の機会では正しい判断を可能にする。こうした見方をすると、いやおうなしに、『歴史から学ぶこと』を行ってきた大半の研究者より、悲観的にならざるを得ない。国際問題におけるアナロジーを使った推論は、ヴェトナム介入の事例が示すように問題含みであるとするならば、また、こうした問題は人間が情報処理を行う戦略を単純化する結果であるとする、認知心理学者の主張が正しいとするならば、政策決定者は闇に包まれていることになる」(上記書、257ページ)。