今回臨床試験で効果が確認された新薬「AD109」は、まさに上記の戦略を具現化した世界初の経口治療薬です。
AD109はアトモキセチン(atomoxetine)とアロキシブチニン(aroxybutynin)の2種類の薬を1錠に合わせた複合薬です。
アトモキセチンはもともと注意欠陥・多動性障害の治療薬として使われる成分で、脳内のノルアドレナリンという物質を増やす作用があります。
一方、アロキシブチニンは新規開発の抗ムスカリン薬で、体内のアセチルコリンの作用を一部抑える働きを持ちます。
この2つの成分がタッグを組むことで相乗効果を発揮します。
ノルアドレナリンは覚醒時に活発になる神経伝達物質で、喉の筋肉(特に舌を前方に押し出し気道を支える主力筋であるオトガイ舌筋)を収縮させる信号を伝えます。
通常、睡眠に入ると脳幹の舌下神経の活動が低下し、舌筋が緩んでしまいます。
そこでAD109を寝る前に服用すると、脳の舌下神経運動ニューロンを刺激して上気道の筋肉に送る信号を増強し、睡眠中も舌や喉の筋肉の張力を保つのです。
加えてアロキシブチニンが副交感神経系のムスカリン受容体をブロックし、睡眠中に起こる筋肉の過剰な弛緩を防ぎます。
このように「アクセル(ノルアドレナリン)とブレーキ解除(抗アセチルコリン)」の二方向からアプローチすることで、寝入りばなに喉の内径が保たれ、空気の通り道が塞がるのを防いでくれるわけです。
言わば「眠っている間、舌の筋トレを手助けする薬」とも表現できるでしょう。
患者にとっては就寝前に1錠飲むだけでよく、複雑な機器も不要なため、治療のハードルが大きく下がると期待されています。
2-2:大規模臨床試験(SynAIRgy)の成果
この新薬AD109の有効性と安全性を検証するため、米国のベンチャー企業Apnimed社は「SynAIRgy(シナジー)試験」と名付けた第3相臨床試験を実施しました。