そして重要なのは、経験を重ねたからといって、その差が縮まるとは限らないという点です。つまり、教師Aが5年、10年と継続して教え続けても、必ずしも教師Bの水準に近づくわけではないということです。
教師の場合、生徒のテスト結果という形で一見明確な成果のフィードバックが得られるように見えます。しかし、実際にはその成績が指導の質によるものか、生徒個別の事情によるものかの判別することは難しく、教師自身が自分の教え方の何が良かったのか、何が問題だったのかを把握するのは容易ではありません。
また、授業は他者の目が届かない閉鎖空間で行われることが多く、客観的なフィードバックを受ける機会も限られています。
そのため教師は学び直しや改善への意欲が薄れる傾向も指摘されており、経験を重ねるほど自己流に走りやすくなると考えられるのです。
このように、フィードバックはあっても、それを活かす仕組みや環境が整っていないことが、教師の成長を妨げる要因の一つになっているようです。
私たちは、経験の長い人を無条件に信頼してしまう傾向がありますが、これらの研究報告は、「経験=上達」という単純な図式で能力を捉えるべきではないことを警告しています。
経験が重要な職業にも、思わぬ落とし穴がある
ここまでの話で「心理療法士や教師のように、人と接する職業だから経験の効果が見えにくいのでは?」と感じた人もいるかもしれません。
たしかに、人間相手の仕事は、成果の測定が難しい側面があります。
では、手術を行う医師や、コードを書くソフトウェア開発者、演奏する音楽家といった「経験が技術の上達に直結しそうな職業」ではどうでしょうか。一見、こうした分野では「続ければ続けるほど上達する」という常識が当てはまるように思えます。
ところが、これらの分野においても、単に経験年数を重ねただけでは、むしろ問題が起きるという研究報告があります。
外科医の世界では、実際に手術を行う経験によって技術が磨かれるのは事実です。複数の研究で、手術件数が多い外科医ほど、患者の回復率が高く、手術にかかる時間も短くなるという結果が出ています。