開発者の年齢が上がるほど最新ツールの利用を避ける傾向があるという事実は、外科医の事例と同様の問題がこの分野で起きる可能性を示唆するものです。
このように、「長くやっているから優れている」とは限らないという問題は、技術分野においても起こり得る者なのです。
さらに意外なことに、音楽の演奏でもこの問題は報告されています。
ピアノやバイオリンなどの演奏者は、何年も練習していると上達すると思われがちです。
しかし、心理学者アンダース・エリクソンが提唱した「意図的練習(deliberate practice)」という考え方によると、ただ同じことを繰り返していても上達しないことが分かっています。
意図的練習とは、「自分の苦手な部分を意識し、それを改善するような方法で練習する」ことです。

エリクソンの研究では、世界的な演奏家とアマチュア演奏者を比較した結果、両者の練習時間の差よりも、練習の「質」と「目的意識」の差のほうが圧倒的に影響が大きかったことが示されています。
つまり、「10年間ピアノを弾いている」ことが、そのまま「10年間分の上達」を意味するわけではないのです。
この理論は、音楽だけでなく、スポーツや医療、学習、さらにはビジネスのスキル開発にまで広く応用されており、「経験年数が長ければ優れているとは限らない」ことを科学的に裏付けるものとなっています。
「ただ続ける」ことの限界
ここまで見てきたように、医師、開発者、音楽家といった分野であっても、ただ続けているだけでは能力は必ずしも向上しません。
むしろ、経験を積んだからこそ陥る罠――「過去のやり方に固執する」「変化を拒む」「振り返らなくなる」といった問題が、見えにくい形で積み上がっていく傾向が示されています。
「継続は力なり」という言葉には励まされるものがあります。
しかし、その継続が本当に力を生むためには、「ただ続ける」だけでは足りないということが、様々な研究報告から見えてきます。