すると驚いたことに心理療法士は経験年数が増えても、患者の改善効果はほとんど向上していなかったのです。むしろ、ごくわずかに効果が下がる傾向すら見られました。
なぜそのようなことが起きるのでしょうか?
ここには、心理療法士という職業が、仕事の成果に対する正確なフィードバックを得づらい点にあると考えられます。
今回は研究のためにクライアントの治療前後の心理状態が詳細に調査されましたが、通常の臨床現場ではこうした測定は行いません。
心理療法には守秘義務があるため、セッション内容を他者が評価することは通常難しく、患者の状態も本人の主観的な申告に頼らざるを得ません。結果として、心理療法士自身が自分の仕事がどれだけ効果的だったかを把握できず、外部からのフィードバックも受けにくい構造になってしまうのです。
これは何も心理療法士だけに起きる問題ではありません。
別の研究では教育の現場でも、似たような課題があることが報告されています。
ハーバード大学の経済学者ジョナ・ロックオフは、2004年の研究で、ニュージャージー州の小学校教師と約1万人の生徒の標準化テストのデータを用いて、教師の経験年数と生徒の成績向上の関係を調査しました。
この研究では、教師ごとに「その年度に担当した生徒のテストスコアが1年間でどれだけ伸びたか」を測定し、その「伸び」に教師の経験年数がどう関与しているかを統計的に分析しました。
結果として、教師の効果(生徒の成績向上への貢献度)は1〜3年目で急速に伸びるものの、それ以降はほぼ横ばいになることが示されました。つまり、初期の数年間で指導技術は向上するものの、継続的な経験だけでは、それ以上の上達や効果の増加は期待できないというのです。

しかも、この研究は「教師によって生徒の成績の伸びに明確な差がある」ことも示しています。ある教師Aは1年間で平均+10点の成績向上を引き出せるのに対し、教師Bは+15点というように、効果にばらつきがあります。