これらの例から分かるように、VRで他者の立場になりきる体験をすると、人は一時的とはいえその立場の心理や行動様式を擬似的に身に着けてしまいます。
まさに「外見が変わると心まで変わる」という現象が確認できたのです。
VR性転換を教育・研修・治療に活かす

VR技術で得られたこれらの知見は、社会教育やトレーニングの現場に幅広い応用可能性をもたらします。
例えば、企業のハラスメント防止研修にVRを取り入れ、管理職の男性が被害者役を体験することで他者への想像力を養う試みが考えられます。
「もし自分が女性社員だったら」と疑似体験することで、軽い気持ちの発言がどれほど相手を傷つけるかを実感できるでしょう。
また学校教育でも、差別やいじめを疑似体験させる教材としてVRは強力なツールになりえます。
実際、海外ではVRを使って人種差別を体感するプログラムや、発達障害のある子どもの視点を健常児が体験する教材などが試みられています。
医療・福祉の分野でも、認知症の人の視界や音の聞こえ方を家族がVRで体験し、介護に活かすといった活用法があります。
一方で、注意点も忘れてはなりません。
まず、VR体験そのものが強烈なストレスやトラウマを誘発するリスクです。
先述のルチフォラらの実験でも、参加者に事前に十分な説明と途中退出の自由が与えられていました。
現実さながらの恐怖を感じてしまうがゆえに、心理的ケアや倫理的配慮が欠かせません。
また、VRで得た効果がどの程度持続するのかも課題です。
一時的に態度や感情が変化しても、時間が経てば元に戻ってしまう可能性があります。
現実世界での教育や研修に活かすには、VR体験をきっかけにその後の議論や振り返りを行い、学びを定着させる工夫が必要でしょう。
さらに、全ての人が同じようにVR体験に没入できるとは限りません。